2017.01.20 Friday

立岩

0

    大日寺の上、貴志川の流れの真ん中に蛇立する巨岩があります、これが伝説の「立岩(たちいわ)」です。
    今は岩自体が橋脚となり歩道橋がかかっていますが、昭和中期まで橋はなく、川原から梯子を使って頂上の洞にお供えものをしていました。祭神は「立岩明神」で「狩場明神」同一と思われ岩そのものがご神体です。狩場明神は丹生津姫の子で、地元では「狩場さん」として親しまれ、長谷と毛原の鎮守社に丹生津姫と共に祀られています。空海上人を高野山へ案内したのもこの狩場明神です。
    田畑を荒らすイノシシの害に苦しむ住民たちは領主に訴えました。すると早速狩場さんが天野からやって来て、村人たちから話と聴いた狩場さんは使い慣れた弓と愛犬を携え、イノシシを退治すべく犬飼谷へ入っていきました。やがて犬に追われた獲物が現れました。しかしそれは想像を超える巨大なイノシシだったのです。銀色の毛と逆立てて真っ赤な目をむき出した小山のような巨体が、鋭い牙に小枝や草を巻きつけた山津波のように突進してきました。しかしそこは領内に勇名をとどろかせたハンター狩場さん、臆することなく立ち続け矢を放ちます。ところが矢は命中するのですが跳ね返って刺さりません。次第に追いつめられた彼はとうとう谷の入り口まで押し戻されました。
    そこで目についたのは川中に横たわる大きな岩、彼はその上に飛び上がり、なおも射続けようとしました。しかしびくともしない大イノシシはその岩に飛びつき、今にも狩場さんを牙にかけようとしました。絶体絶命となった彼はついに祈りました、「岩よ、汝に心あるなら我を助けよ」、するとなんということか、横たわっていた巨岩がぶるぶると振動し地響きを立てて起き上がったのです。狩場さんははるか眼下のイノシシを狙いすまし、最後の一矢を放ちました。矢はみごと両眼の真ん中に深く突き刺さり、イノシシは仁王立ちして最期の咆哮を残して流れの中に倒れました。こうして長谷毛原の山野に平穏が訪れました。これが「立岩物語」です。
    なお天野の丹生津姫神社の古文書には、毎年霜月一六日の夜、天野の里から丹生津姫神社の神官が長谷毛原を訪れ、まず長谷のお宮さんにお参りし、続いて毛原に下り、八町坂の途中にある祝詞石(のりといし)という平たい岩の上から立岩に向かって祝詞をあげるのが年中行事であったとしるされています。しかし今ではそのことを知る人もなく、また祝詞石らしいものも付近に見当たりません。しかし、立岩は昭和二八年の大洪水にもびくともせず、貴志川の流れの中に悠然と立ち続け、その姿は、地域の守り神「狩場さん」と共に村人に敬愛されています。

    Calendar
      12345
    6789101112
    13141516171819
    20212223242526
    2728293031  
    << May 2018 >>
    Selected Entries
    Categories
    Archives
    Recent Comment
    Recommend
    Links
    Profile
    Search this site.
    Others
    Mobile
    qrcode
    Powered by
    30days Album
    無料ブログ作成サービス JUGEM